『ヒミツ』第4巻 1モヤ

2023.01.07 その他

『ヒミツ』第4巻 1モヤ

ケイコは最近、言いようのない不安に駆られることがある。

座りの悪さというか、収まりがよくない感じというか。

特定のなにかにたいしてではなく、だれかが特にというわけでもない。

会議中でも、メールを打っていても、資料を読み込んでいるときでも、

漠とした「半透明のモヤ」のようなものを感じてしまう。

業績は絶好調だ。

ケイコが担当するプロジェクトだけでなく、まわりを見渡しても、

どの部門もおしなべていい数字が出ている。

他社も似たり寄ったりだろう。

これまでの沈滞がまるで嘘のように、力強い回復が多くの業種、

多くの企業、多くの事業において見られるようになっており、

人々も地域も大きな手ごたえに自信を取り返したようにみえる。

株価や不動産価格の伸張も順調そのものだ。

・・・・しかし、だからこそというべきか、なつかしいバブル紳士や

ミセスワタナベさんたちの好調ぶりを聞くにつけ、

例の「半透明のモヤ」はむしろ濃度を増していくように感じられる。

ケイコは昨年、郊外の戸建てに引っ越していた。

便利でおしゃれな都心のマンションから、不便だが緑の多い閑静な住宅地へ。

ちょうど手ごろな中古物件が見つかり、ローンを組んだ。

ひとり身には広すぎるかなと思ったけれど、家族で住むには手狭ゆえ

リーズナブルな価格で売れ残っていたこの家は、

まるでケイコのためにあつらえたかのように思えてならない。

趣味程度にはちょうとどいい菜園が取れる庭。

不便な奥の角地ゆえ人通りもほとんどなく、宅地の境界がそのまま

未造成の小高い山々につづいている。

人一人がやっと通れる裏道を下っていくと、小川も流れていた。

空気感がまるでちがう。

この場所を見つけたとき、すでにケイコは心を決めていた。

あの「モヤ」がここにはないのだ。