執着

2019.03.02 その他

「かろやか研修」って名称にしたのは、

たぶん、執着を手放すのが一番むつかしいんだろうな、

と思ったから。

希望・欲求くらいまではセーフですが、「欲望」ってなると

もうアウトですね。

執着の度合いが強すぎる。

強すぎる執着は、3つの大きな弊害を生みます。

1つ目は、自分がそれに従属し、主従が逆転しちゃうこと。

欲しくて欲しくてたまらないので、言いなりになっちゃう。

これは、主体性の喪失。

大事に思ってはいるけれど、手放そうと思えば手放せる。

この境地こそ、ほんとうの愛。

いとしく思うその魂への信頼がベースにあるので、

一見不幸のどん底みたいに見えても、

ああ、必要なので学んでいるんだな、がんばってるね、

と思うことができる。

そして、自分がいなくても、最悪、自分とではなくても、

その魂の学びを祝福できる。

2つ目は、豊かさの多様性・可能性を狭めてしまうこと。

宇宙の采配はきわめて精妙で、人類ごときのIQをはるかに超える。

いきなりあさっての方向から、まったく想定外の豊かさが

「縦に落ちるカーブ」みたいにやってくるわけです。

執着が強すぎると、最初から決めつけたフィールド内でしか

動けないので、受け取れなくなっちゃう。

3つ目は、つけ入るスキを与えること。

欲しくて欲しくてたまらないものが、自らのアイデンティティを

形成するまでに強まっていると、もう逃げられない。

ここをネガティブさんは狙ってきます。

他の、もっと重要なものを根こそぎ奪われるのですが、

本人には「目先の欲望の充足」しか見えていないので、

満たされているように、満たしてくれているように錯覚しちゃう。。。。

執着を手放し、かろやかになってみませんか?