玄洋社

2017.03.18 その他

週末ヲタ話です。

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一村女史による「玄洋社こもごも」の、実質的な初回。

(1回目は、たんなる頭出し)

歴史文書のどこをひもといても書かれていませんが、

玄洋社は、当時、東アジア最大のファンドをあずかっていた。

「日本=中夏=セファラディ」が世界史を回していくために

福岡に拠点を設立し、南京と連携しながら、

さまざまな秘密工作を展開していたわけです。

(南京は、当時の中夏勢力の拠点)

多くの方々は、下からの運動が活発化して清王朝や徳川幕府が瓦解し、

共産化/民主化のプロセスが回りだしたり、日清戦争が勃発したり、と

歴史が動いていったと考えていますが、ちがいますよ。

明確な意図と長期的な戦略、莫大な資金的裏付けをもって、

東アジアの歴史は構造化されていったのです。

当然、清王朝や徳川幕府の解体も、本人たちの合意のもとに

進められた「転換」なのであって、彼らの隠然たる影響力は

別に滅んだわけではありません。

その中心が、玄洋社でした。

戦後、GHQによって玄洋社は解体されたことに

なっていますが、それも実際には異なります。

現在でも活動は、某筋に継承されている。

そういえば、陛下はこのタイミングでベトナムを訪問されましたね

これからベトナムは、「日本=中夏=セファラディ」にとって、

非常に重要な役割を果たしていくことになる。

これも、歴史書に記載されることは永遠にないでしょう。

そういえば、徳川家第19代宗主の徳川家広氏の奥さまは、

ベトナムの方でしたね。

ご夫婦で、なぜか、玄洋社があった「福岡」に移転された。

玄洋社の解説をする一村女史も、みなただのMC、

許さんの話し相手としか思っていませんが、それも違います。

さる筋における彼女の地位は非常に高く、

あるいは、許さんより上かもしれません。

なぜ彼女が、歴史書にはいっさい出てこない

玄洋社の裏面活動を解説できるのか

その意味を考えてみるべきと思います。

(音が出ます)